こんばんは。
今日は、自身が抱える「自身の中の子供の部分(=人生のほんの些細な後悔)」というものに対してまとめていきたいと思います。このページ内で「自身の中の子供の部分」というのは、心理学や精神科学分野での「アダルトチルドレン」とは異なる意味合いです。ご了承ください。
[ 目次 ]
「自身の中の子供の部分」とは
私は、「自身の中の子供の部分」とは、昔、
- 子供ゆえにしたかったけどできなかったこと
- 努力しようと思ったけど未熟ゆえにできなかったこと
などが根源となり、今の自分の精神的な足を引っ張る存在だと考えています。簡単に言うと、これまでの人生のほんの些細な後悔といったところでしょうか。この子供の部分は、私だけでなく誰しも大なり小なり持っているのではないかと思いますが、あなたはどうでしょうか。
- 小学生の頃あのゲームがクリアできず、途中であきらめてしまった
- 本当は何かスポーツをしたかったけど、勉強ばかりで終わってしまった
- 高校の頃のテストの成績悪かったな
- 中学の頃友達ともっとしっかり話せていたら今でも交友が続いていたのかな
など、色々思いつくのではないでしょうか。そんなことない、完璧に生きてきたという人もいるでしょう。ただ、私はそうではありません。色々思いついてしまいます。
こんな小さな後悔や無念は、月日を重ねることで、知らず知らずのうちに蓄積し、固まって
そうつぶやく自分が心の中にできてしまうのではないでしょうか。それが「自分の中の子供の部分」になるのだと思います。
しかし、私はこの自分の中の子供の部分を恥じてはいません。なぜなら、いままでの私が不器用なりに、無力なりに一生懸命生きてきた証だと思うからです。一生懸命考えて、間違えて、転んで、でも立ち上がって生きてきた。そして、そんな健気な昔の自分を、今の自分から少し遠くに離れてしまった子供の部分の自分を取り戻せるのは、大人になった今の自分しかいないのだと思います。
私は、今30歳を迎えましたがようやく「自分の中の子供の部分」と向き合えるだけの経験値やある程度の自由を手にしたと感じています。
私自身の内声と向き合い、克服し、昔の自分にハグしてあげられるようなことをしていきたいです。
「自身の中の子供の部分」との向き合い方
私はメンタルヘルスケア等の専門家ではないので、方法が間違っている可能性がありますが、私なりの想いを大切にしながら向き合っていくことを重視したいと思います。
まず初めに私が思いつく人生のほんの些細な後悔(大きな後悔も含む)を思い出し、あげてみたいと思います。
- ピアノ以外の楽器(持ち運べるもの)を習得したかった
- テスト勉強のためではない英語を勉強したかった(努力すべきだった)
- どうして適度な運動をして身体を維持しておかなかったのか。
- 弓道部に入りたかったが親に反対されできなかった
- 合気道やってみたかった
- キャンプ行きたかった(アウトドアな遊びをする友達が羨ましかった)
- 小学生のとき大好きだった友達を文通を続けなかった
- ポケモンゲームで殿堂入りできなかった
- 何かを始めてもすぐに飽きてやめてしまうことが多かった
- アイディアを出すことは好きだったがやり切った経験が少ない
赤裸々に10個あげてみました。次はこれらももう少し詳しく分解していきたいと思います。
私が挙げた項目を見ていると、
- 1,2,4,5,6=「挑戦しなかったこと」「挑戦できなかったこと」が原因の後悔
- 7,9,10=「継続しなかったこと」「継続できなかったこと」が原因の後悔
- 8=「力及ばなかったこと」による無念
に分類できるかなと思いました。
こう見ると、私は昔から「挑戦」に価値を見出す性分だったのでしょう。ただ、とても気になるのは「継続しなかったこと、できなかったこと」の後悔の重みが大きいことです。昔の自分は継続しないことに対して後悔などなかったが、大人になりその重さに気が付いたのかもしれませんが、今の自分にとってここがボトルネックだと気が付きました。
結論として、私はこれから
- 継続能力の向上
- 多岐にわたる挑戦
の優先順位で「自身の中の子供の部分」と向き合っていきたいと思います。
具体的な対策
まず継続能力の向上ですが、後悔のジャンルが幅広いので次の4つに分けて対応していきたいと思います。
- 健康な体づくり
- 英語の習得
- 人とのコミュニケーション
- 楽器習得
この4つの項目は、どれも一朝一夕でできるものではなく、「継続」こそが鍵となりますので、とても良い練習になるのではないかと思います。
次に「挑戦」ですが、こちらは簡単です。やりたいと思ったことをやる。まずは手始めに過去の無力感をも一緒に払拭できる「ゲームクリア」を目指したいと思います。
これから
次回からは、考えた対策を実際の計画に落とし込む過程をしていきたいと思います。
ここまでご覧いただきありがとうございました。
あなたもいい日々をお過ごしください。